今日、思った事

友人とネットで会話してて思ったが、創作というのはやはり、考えるよりも先ず創るべきものなんだろうなあ、と再認識、手で作らないと、自分のランクが判らない、自分のランクが判らないから、結果的に創作中に手が止まる、創作中に手がとまるから頭で考える、考えるから自分のランク以上のものを創れるような気がする=自分のランクが判らない、という恐るべき迷子状態になるのかもしれないー、いやまったく、経験が無いのが一番不味いんだなあ、と再認識、俺ダメダメですなあ、ダメダメ人間

あ、でも口で言ってみるのは良い手段かもしれない、紙もいらないし、形ではないが、自分の耳にも届くしね。

頭の中でも、文章を考える形でなら、まあ役に立つといいなあ、物を見る形で考えるんじゃなくて、物を作る目線での思考、独り言の要領で、うん、がんばろう

今日買ってきた本

≪永遠の戦士エルリック2≫この世の彼方の海
作者:マイクル・ムアコック
翻訳:井辻朱美
出版社:ハヤカワ文庫

感想:マイクル・ムアコックは当方の創作に非常に強い影響を与えている作家の一人
なのだけれど、実は今までエルリックとコルムの両一巻しか読んでいなかったので、この巻でそこから先は初お目見えになる、基本的にファンタジーなのだが、和製なんちゃってファンタジーとはさすがに違い、非常に世界観がしっかりしていて、世界観に違和感無く溶け込むことが出来るんではないかと思う、ただし感覚が日本人とはやっぱり違うので、そこで躓く可能性もなきにしも否ずかもしれない。
基本的に読みやすく創ってあるし、魔法の関連もしっかり作りこまれているので、ファンタジーなんて認めないぜ!、という人意外は、読んでみて損は先ず無いと思う


人は見た目が9割
作者:竹内一郎
出版社:新潮新書

感想:題名が非常に目を引いたので手を取ったこの本・・・実はかばんに入れっぱなしで今まで読んでいなかった、興味が無かったわけではないんだが、こういう失敗は未だに良くやらかす、今日、本屋さんに行ったときに、売れ筋表記がされていたので思い出し、改めて手に取った、という状態である、なんだかなあ。
読んでみると面白い、日本の伝統であるノンハ―バル(非言語的)コミュニケーションの入門書として書かれている、私自身、このノンハーバルコミュニケーションという言葉を知ったのは学校でだったりするが、教科書より非常に細かく書かれている、、、当たり前といえば当たり前だが、漫画を例に説明されており、活字が嫌い、そんなもの読んでられるかゴラ、という人にもお勧め。
でも、当方みたいに本ばかり読んでいる人間こそ、ぜひ読んでおくべき一品だと思う

凄い勢いで放置された日記を発見、つーかまだ残ってたんだ
律儀だなあ、はてな、まあ良い感じに皆忘れたことだろう、ここの存在
つか俺も忘れてたぜ、ごめんなさい、たまには書こう

ちょっとした回答

考えをつかむコツは自分の人生に有るのかもしれないなあ
と、そんな事を思う訳ですよ

あ、おとといの日記の続きです、いやどうでもいいかもしれないけど
人生哲学は大切に育てて行かなくちゃならんかな、と、結構使い道多いしね、特に小説とか
俺の人生なんてそれ程対したものではないかも知れないけど、結局自分の人生以上に
肌で感じた経験、って無いしな、いや、当然のことなのかもしれんが

さて、そう考えると大分弄ったほうが良い設定が多い気がするなあ、小説とか
キャラクターの色々も詰めたいし、まさしくこれからですか

さて、どんどん日記の内容が減ってく訳ですが、語ることねー(笑)

精神的な話

問:人間が一番熱中してする事のできる事、って一体なんだろう

答:遊び


なんてそんな事を今日一日考えてたよ、っていうか最近そんなのばっかりですか俺
なんか、人生に迷ってます風味でどうなんだ、それは、と思わず自己突っ込みしたくなる
わけですが。

人生に迷ってるっていうか、変わりたいみたいなそんな感じなんだろうなあ



で、考え事の結果としては『なんでも遊びと思って行動すれば結果的に全力投球になるんじゃなかろか』みたいな、そんな感じな訳ですが
それなら其れで遊びに対するイメージも変えるべきな人が此処に居ます先生
遊びにも全力投球できない奴ですよー、人間的にイエローカードなんじゃないかと
自分でも思っちゃうわけですがーですがー



そんな事を考えてたテスト三日目でした、社会福祉概論が死亡ですた



ただの現実逃避なんじゃないかと実に疑わしいですな、他人事かよ

まったり考える

自分で考え、自分で決めて、自分で行動する
結局それが頭が良い、って言う事なのかなあ、とそんな事を考える今日この頃
ちゃんとそれが出来れば無駄な事で腹を立てたりする必要も無くなる・・・と良いなあ
別のことで腹を立てるようになるだけと言う可能性も無きにもしずな訳だけど

もちろん誰から見ても有る程度正しい事が必要な訳だけど、当たり障りの無い様に、だけを
追求すると要は考え無しって事になってしまうのかなあ、とか
他人に答えを要求する性格は直した方が良いな、と自己反省
多人数の答えに寄り添うだけ、な我が家の親父様の様にはならないようにしよう
血を継いでる訳だから、素質は十分、っていうか今発揮されてる訳で、ギャー

明日は又テストですよorz
再テストは一教科二千円なので正直出費痛い、っていうか今から結果が怖くてガクブルです

緊急避難【伝記的世界観】緊急避難

台風の直撃コース、並びに我が家は素敵にぼろなため念のため、メモを保存しておく
☆退魔組織☆


【魔】
退魔組織の定義において倒すべき【魔】とされるのは、因子の狂いによって生まれた存在である
概念配列の狂った生物の場合、因子が自然に零れ落ち、通常けっして長持ちはしない
のだが生き残る手段が一つだけある、それは大量の因子を取り込み、零れ落ちる量を失ってなお
生命として存在するに足る因子を確保する事である。
つまり大量の生物の因子が必要になる、通常元の生物の同種の血肉を持って対応するのだが
他者の因子を奪うほど本来の生物の形から外れ、対象を選ばなくなり、手当たり次第になんでも襲い
食い殺す様になる。
コレを持って『倒すべき【魔】』なる、吸血鬼も魔の一種である
ちなみに吸血鬼のクランはクランの中に犯罪者を裁く一団を持っているが、退魔士の中には入れないでおく


『聖ジョージの剣』
カトリックの流れを汲んだ退魔組織、ただし教会とは直接の関係は無い、現代において一番活発な活動を行っている
相手は主に吸血鬼等、薬品による強化や、魔法具の使用などが主、かって存在した奇跡を今に伝える一団である
宗教的イメージとは裏腹に、基本的に懐が広く、他組織との強力体勢がしっかりできていたりする。
まあ、しっかり貰うものは貰うのだが。そこは商売として割り切ってる感じである
最大の退魔組織の名は伊達ではなく、量はもちろん、上位の『断罪者』の質も他の退魔組織の追従を許さない
世界で一番達人の多い退魔組織なのではないだろうか
聖ジョージの剣、とは組織が所有している最強の魔具の名であり、まさしく名前の通りの意味を持つドラゴンスレイヤー
である。
聖者の奇跡が宿っており、使うべき人が使えば、一振りで山を抉る威力を持つと言う、まあ、今現在扱える人間は存在しない
訳だが
またさまざまなジャンルの達人に声を掛け、新たな風を入れる事にも余念が無い。
主義主張というより、実力をもっとも大きく受け取る人達である





『紅時雨』
退魔のために作られた古流斬術を流れを汲む、変わった種類の退魔組織である
大和の時代においては、朝廷の命により、鬼切りを仕事とした『時雨流』の使い手七人が
源流である。
己の気を刀に流し、相手を切断するという極めて物理的な退魔手段を使う
しかしその術は魔術の『域』すら切り裂き、他の退魔組織と比べても差して遜色ない実力を持つ
達人レベルの使い手ならば、その気の立ち上る様が目で見えるのだとか。
時雨流は『人を切るに五年、妖を切るに二十年』と言われるほど習得が極めて困難、そのため
幼少の頃からの仕込みを持って行うのが通常で、基本的に成人を隊員として迎えいれる事は無い
あまりの少なさとその技能の異質と過去の暗さに、かかわろうとする他の退魔機関も少なく、
異端を狩る存在だった組織そのものが異端となってしまっている